研究概要Research

抗がん薬等の最適な薬物治療を目指した研究

 抗がん薬は、がんを治療するための医薬品ですが、他の薬と比べて副作用が強く出たり、副作用の頻度が高いことが知られています。また、抗がん薬の効果には、非常に大きな個人差が知られています。このような抗がん薬の副作用と効果の個人差の原因を解明し、より強い効果と弱い副作用を実現したいと考え、研究を進めています。

 研究例の一つに、大腸がん患者における抗がん薬レゴラフェニブの体内動態と副作用との関係を解明した我々の研究報告があります。一般に薬の効果は、薬の投与量や血中濃度が高い方が強く出ると考えられています。しかし我々がレゴラフェニブを投与された患者さんでの血中濃度(AUCunbound)と効果(無増悪生存率)の関係を調べたところ、AUCunboundが低い患者さんの方が効果が高いことが示されました。なぜ、このような結果が

出たのか、患者さんの詳細なデータを辿ったところ、AUCunboundの高い患者さんでは強い副作用が出ていること、結果として抗がん薬を使った治療が途中で中止されていることがわかりました(Kubota et al 2020)。つまり、血中濃度(厳密には、効果や副作用と直接関係する非結合形濃度=タンパク質と結合していない薬物濃度)を評価することで副作用が出づらい投与量での投与をすることが、患者さんにとってのbenefitにつながることが示唆されました。

  レゴラフェニブをはじめとするtyrosine kinase inhibitors (TKIs)は、副作用の一つに重篤な皮膚障害(hand-foot skin reaction, HFSR)があります。実際、私たちの研究でもそのような副作用が見られ、治療中止に至ったケースが多数ありました。そこでHFSRのメカニズムを解明することが重要と考え、種々のTKIsについて、HFSRの頻度と皮膚表皮角化細胞に対する毒性、および血管新生に働く受容体VEGFR2に対する阻害効果を比較しました。すると、臨床においてHFSRを示すTKIsは、表皮角化細胞に対する毒性、もしくはVEGFR2阻害

のいずれか、または両方を示すことがわかりました。一方で上の図でも明らかなように、表皮角化細胞の毒性とVEGFR2阻害の両方を示さないTKIsでは副作用が報告されていません。したがって今後は、皮膚においてこれらの作用を示さない工夫をすることで、副作用を防ぎ、有効ながん治療を進めていける可能性のあることがわかりました。

 そのような工夫の一つに皮膚膜輸送体の応用の可能性があります。レゴラフェニブは体内に投与されると、活性代謝物M2、活性代謝物M5の順に逐次代謝されます。これら3つの化合物すべてに抗がん作用と副作用があります。私たちはレゴラフェニブと活性代謝物の体内動態機構の解明を目指し、マウスとヒト膜輸送体導入細胞を用いた研究を行っています。これまでの私たちの検討結果によると、レゴラフェニブ、M-2、M-5のいずれの体内動態にも、薬物を細胞外へ排出する膜輸送体であるP-糖タンパク質(P-gp)とbreast cancer resistance protein(BCRP)が関与することが分かりました。興味深いことに、3つすべてが膜輸送体に輸送されるため、

膜輸送体の機能が低下すると、レゴラフェニブよりM2が、M2よりもM5が、より皮膚の細胞内に蓄積しやすくなることが分かりました(代謝物のboosting)。したがって皮膚での副作用を考える上では、膜輸送体の機能低下を考慮する必要のあることが分かりました。

 他の研究例として、腎機能の低下した患者さんでの肝消失型抗がん薬イリノテカンによる副作用(白血球減少=骨髄抑制)と体内動態の報告があります。腎障害では、腎臓から消失する薬(腎消失型)の体内動態が大きく変化し、薬が体内にたまりやすくなります。なぜなら、腎障害時には腎機能の低下によって、そのような薬が尿へ出づらくなるからです。一方、イリノテカンやその活性代謝物(イリノテカンが体内で変換して出来た抗がん作用の活性本体)SN-38は、主に肝臓で消失する薬(肝消失型)です。にもかかわらず、腎障害患者において、イリノテカン投与による骨髄抑制が強く見られたことから体内動態研究をスタートさせたところ、腎障害患者では、腎機能が正常な患者に比べ、SN-38が投与後体内に長く残存していることがわかりました。肝消失型の薬がなぜ、腎障害時に体内に蓄積するのか、私たちは患者検体やヒト肝細胞を用いた解析を進め、いくつかのメカニズムを明らかにしてきました。その結果、腎臓が障害を受けたことによって、腎臓が正常な時には尿へ流れていた尿毒症物質と呼ばれる種々の化合物が、体内に蓄積し、これらが肝臓に運ばれ、肝臓の細胞膜に存在する膜輸送体OATPs (Organic Anion Transporting Polypeptides)の機能を低下させたり、存在する量そのものを下げたりすることが分かりました。さらに、尿毒症物質は血液中のタンパク質と強固に結合するため、SN-38が血液中でタンパク質と結合する割合も低下させていました。

 このようなSN-38の血液中でのタンパク結合率の変化は、 SN-38による副作用と直接関連する非結合形SN-38濃度(タンパクに結合していないSN-38の濃度)は変化させませんが、トータルのSN-38濃度(タンパクに結合したものと結合していないものの和)を減少させる方向に働く一方、患者で見られる血中非結合形濃度の増加を過小評価してしまう(危険性が低いと判断してしまう)危険性のあることも患者検体を使って実証しました。また、どのくらいのイリノテカンの投与量を投与すれば、腎障害時でも腎正常時と同程度のレベルの血中SN-38濃度が得られるかについても、明らかにするため、患者におけるイリノテカンとSN-38の体内動態を記述する数理モデル(生理学的速度論モデル:PBPK model)を構築しました。腎障害患者において、およそ1/3の投与量で、腎機能正常患者と同程度の血中非結合形SN-38濃度が得られることを突き止めました。

 現在も、患者さんを対象とした臨床研究と、マウスやヒト細胞を行いた基礎研究を並行させながら、抗がん薬の効果・副作用に関連する因子の解明を目指した研究を実施しています。安全で有効な薬物治療に貢献したいと考えています。

<このテーマに関連する主な研究業績>
Alshammari AH, Masuo Y, Fujita K, Iida N, Shimada K, Wakayama T, Kato Y*. Discrimination of hand-foot skin reaction of tyrosine kinase inhibitors based on direct keratinocytes toxicity and vascular endothelial growth factor receptor-2 inhibition. Biochem Pharmacol 197: 114914, 2022.

Kubota Y, Fujita K, Takahashi T, Sunakawa Y, Ishida H, Hamada K, Ichikawa W, Tsunoda T, Shimada K, Masuo Y, Kato Y, Sasaki Y. Higher systemic exposure to unbound active metabolites of regorafenib is associated with short progression-free survival in colorectal cancer patients. Clin Pharmacol Ther 108(3): 586-595, 2020.

Masuo Y, Fujita K, Mishiro K, Seba N, Kogi T, Okumura H, Matsumoto N, Kunishima M, and KATO Y. 6-Hydroxyindole is an endogenous long-lasting OATP1B1 inhibitor elevated in renal failure patients. Drug Metab Pharmacokinet 35(6): 555-562, 2020.
Kubota Y, Fujita K, Takahashi T, Sunakawa Y, Ishida H, Hamada K, Ichikawa W, Tsunoda T, Shimada K,

Masuo Y, Kato Y, and Sasaki Y. Higher systemic exposure to unbound active metabolites of regorafenib is associated with short progression-free survival in colorectal cancer patients. Clin Pharmacol Ther 108(3): 586-595, 2020.

Iwase M, Fujita K, Nishimura Y, Seba N, Masuo Y, Ishida H, Kato Y, Kiuchi Y. Pazopanib interacts with irinotecan by inhibiting UGT1A1-mediated glucuronidation, but not OATP1B1-mediated hepatic uptake, of an active metabolite SN-38. Cancer Chemother Pharmacol 83(5): 993-998, 2019.

Kawanishi T, Arakawa H, Masuo Y, Nakamichi N, Kato Y. Bile duct obstruction leads to increased intestinal expression of breast cancer resistance protein with reduced gastrointestinal absorption of imatinib. J Pharm Sci 108(9): 3130-3137, 2019.

Al-Shammari AH, Masuo Y, Fujita K, Yoshikawa Y, Nakamichi N, Kubota Y, Sasaki Y, Kato Y. Influx and efflux transporters contribute to the increased dermal exposure to active metabolite of regorafenib after repeated oral administration. J Pharm Sci 108(6): 2173-2179, 2019.

Ellawatty WEA, Masuo Y, Fujita KI, Yamazaki E, Ishida H, Arakawa H, Nakamichi N, Abdelwahed R, Sasaki Y, Kato Y. Organic Cation Transporter 1 Is Responsible for Hepatocellular Uptake of the Tyrosine Kinase Inhibitor Pazopanib. Drug Metab Dispos 46(1): 33-40, 2018.

Fujita K, Masuo Y, Yamazaki E, Shibutani T, Kubota Y, Nakamichi N, Sasaki Y, Kato Y. Involvement of the transporters P-gp and BCRP in dermal distribution of the multi-kinase inhibitor regorafenib and its active metabolites. J Pharm Sci 106(9): 2632-2641, 2017.

Fujita K, Masuo Y, Okumura H, Watanabe Y, Suzuki H, Sunakawa Y, Shimada K, Kawara K, Akiyama Y, Kitamura M, Kunishima M, Sasaki Y, Kato Y. Increased plasma concentrations of unbound SN-38, the active metabolite of irinotecan, in cancer patients with severe renal failure. Pharm Res 33(2): 269-282, 2016.

Fujita K, Sugiura T, Okumura H, Umeda S, Nakamichi N, Watanabe Y, Suzuki H, Sunakawa Y, Shimada K, Kawara K, Sasaki Y and Kato Y. Direct inhibition and down-regulation by uremic plasma components of hepatic uptake transporter for SN-38, an active metabolite of irinotecan, in humans. Pharm Res 31: 204-215, 2014.

研究テーマ